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林郁夫医師 死刑回避理由は司法取引先取りと証言台での大泣きだった

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オウム真理教の地下鉄サリン事件実行犯で唯一死刑にならなかった林郁夫。自首とはいえ、なぜサリンを地下鉄でまいた実行犯の林郁夫が死刑を免れ、無期懲役になったのか。

また林郁夫の奥さんだった、芦田りらや2人の子供たちは今どうしているのか。そして、麻原彰晃と地下鉄サリン事件の他の実行犯らの死刑が執行された時、林郁夫受刑者は何を感じていたのか。

林郁夫は慶応大学のエリート医者だった

林郁夫は1947年生まれ。2018年現在71歳になりました。

出身は東京都品川区、父親は医師で母親は薬剤師。

林郁夫は慶応ボーイのエリート医師。慶応義塾中等部から、慶応義塾高等部、慶応義塾大学医学部を出て、心臓血管外科になっています。

心臓外科医第一人者として、宇宙飛行士になった向井千秋さんと石原裕次郎の手術を担当したことでも有名です。慶応義塾大学病院を背負うようなエリート医師だった林郁夫。(オウム真理教を宗教法人にしたのは石原慎太郎です。)

慶応病院で知り合った麻酔科医師の芦田りらさんと出会い、結婚し、子供も2人いました。子供は2人とも後に医者になっています。芦田りらさんと子どもたち2人は現在も医者として、「人の命を救う仕事を使命」として活躍しています。

林郁夫が運命のオウム真理教に入信

きっかけは「麻原彰晃のカリスマ性」に触れてしまったことでした。医者として救えない命があることに葛藤を抱くようになっていった林郁夫。その救いを求める中で、仏教だけでなく、麻原彰晃の書物を読んで感銘を受けます。

平成元年、奥さんの芦田りらさんと子どもたち2人と一緒に4人でオウム真理教に入信することを決意・・悲劇の始まりでした。

林郁夫は坂本弁護士拉致を本当に知らなかったのか?

オウム真理教は、薬屋や電気ショックを信者を洗脳するために利用していました。信者の記憶を消すようなこともしていました。その中心にいたのが、林郁夫だったと言われています。林郁夫は麻原彰晃に命令され、報告していました。

林郁夫の著書【オウムと私】によると、林郁夫はオウム真理教のことを信じていましたが、坂本弁護士一家の事件に麻原彰晃が関与していたことを麻原彰晃のある「つぶやき」によって知るところとなった、としています。この「麻原彰晃のつぶやき」は林郁夫の忠誠心を試すためのものだったかもしれません。

オウム真理教に対して恐怖を感じるきっかけとなった麻原彰晃のつぶやき。林郁夫はその数日後、地下鉄サリン事件の実行犯として、麻原彰晃から指名を受けます・・林郁夫だけが実行犯として指名されたとも言われています。

麻原彰晃からすれば林郁夫の動揺を感じ取り、「忠誠心を示せ」ということだったのかもしれません。

嫌なら断ってもいい・・村井秀夫幹部にそう言われた林郁夫。サリンを電車にまくのは嫌だ・・。それでも断ることはできませんでした。断れば、家族も一緒に「ポア」されることが分かっていたから・・

林郁夫の自首と自白

林郁夫は自首しますが、初黙秘していました。ただ、取り調べの中で「医者は人命を救うのが仕事ではないのか?」と言われたときに、大泣きし、それをきっかけに「全て」を話しました。

また、林郁夫は法廷の証言台の中にうずくまり、大声を出して泣いたことも有名です。担当した裁判官は山室惠裁判長。この証言台下で大泣きする林郁夫受刑者に対して、この時は冷めた目でみていたそうです。

「死刑は免れないと・・」ただ、林郁夫の様子を見ていて、本当に反省していることは伝わってきたとも言っています。

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そして、検察の林郁夫への求刑は死刑ではなく、「無期懲役」でした。当時は司法取引という言葉も制度もありませんが、検察が無期懲役を求刑した理由は、林郁夫被告の果たした役割を認めたという内容でした。まさに司法取引の先がけです。

林郁夫受刑者は70歳を越える高齢になりました。千葉刑務所に服役しています。麻原彰晃と地下鉄サリン事件の実行犯7名の死刑が執行されたことを聞き、何を思うのでしょうか。

声をあげて泣いているのかもしれません・・