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三宅璃奈さんはあいさつ運動の当番だった 「一緒にいた女の子が・」

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大阪北部地震で高槻市寿栄小学校の9歳女児三宅璃奈さん(9)が倒れてきたプール横のブロック塀のはさまれ、下敷きになってしまい、亡くなりました。

小学校4年生の三宅璃奈さん(9)は児童会の代議員で6月11日から2週間朝の「あいさつ運動」の当番として1人で登校しているときの悲劇。

普段は一緒に登校していた、小学1年生の弟も言葉にはならないショック・・

寿栄小によると、璃奈さんは非常にしっかりしてやる気があり、リーダーシップのある児童だったという。

崩れたプール横のブロック塀が「後付けで積み重ねただけではないか」と言われています。

『鉄筋なしのブロック塀だったのでしょうか?』鉄筋を入れずに、金網の代わりにただ上に積み重ねただけだったのか。

三宅璃奈さんに倒れてきたプール横のブロック塀

下記のツイッター投稿画像をみてください。

プール横のブロック塀、上半分が後からつけられているのが分かります。この上半分のブロック塀が崩れて、9歳女児を下敷きにしたようです。鉄筋が入っているようには見えません。

この図は分かりやすいです。熊本地震の時も鉄筋が入っていなくてくずれてきた塀の下敷きになってしまった方がいたんですね。

この画像は決定的ですね。

鉄筋なしのブロック塀。簡易的に上に乗せただけのようにも見えます。これでは大きな地震でブロック塀が壊れるのも仕方ありません。

小学校でまだこんなブロック塀があることに驚きます。

小学校の鉄筋なしと思われるブロック塀での事故。地震が起きた時間も朝の登校時間でまずかった。三宅璃奈さん9歳女児の尊い命はこのブロック塀の下敷きになって失われました。

建築基準法の耐震基準は守られていない

昭和53年にあった宮城沖地震で多くの人が倒れてきた塀で亡くなったとき、建築基準法の改正がありました。

耐震強化のために、ブロック塀などの高さ基準『2.2m以下』というものが定められています。

高槻市寿栄小学校のプール横のブロック塀は、3mを越えていました

建築基準法を守ってはいなかったのではないでしょうか。

ただ、全国にはまだ多くの建築基準法を守っていないブロック塀や建物があるのが現実です。耐震工事が追い付いていない。

一番優先されてもおかしくない小学校のブロック塀がこれだけ老朽化しているまま放置されているわけです。耐震が後回しになっている現実があります。

お金の問題より人の問題だと思います。

今は、工事をする人が全国的に足りません。

安易に「校長が・・!」とか「高槻市の怠慢だ!」という問題ではありません。

追記

建築基準法に違反していたと、高槻市が認めました。

高槻市は同日、このブロック塀は建築基準法で定める高さを超えており、法に違反していたと明らかにした。基礎と塀を固定する設備もなかった。

市によると、ブロック塀の基礎部分は高さ約1・9メートル。その上に設置していた高さ約1・6メートルのブロック塀を足すと約3・5メートルとなり、2・2メートル以下の基準を超えていた。

地震訓練で教わった通りに・・

高槻市寿栄小学校の三宅璃奈さん。大阪北部地震というより、壊れるはずのない小学校の鉄筋なしの疑いのあるブロック塀によって失われました。

ニュース画像で報道されているプール横のこの道路を歩いているときに大きな地震が来たら、道路の真ん中には逃げずに、ブロック塀の方に逃げたくなる三宅璃奈さんの気持ちはよく分かります。道路も波打っていたのではないでしょうか。

波打っている道路の真ん中に逃げてうずくまる行動をとるようには教えてもらっていません。避難訓練などでは、何かの下に入るように指導されます。

三宅璃奈さんは大阪北部地震の大きな揺れにとまどいながらも、必死に鉄筋のないブロック塀の方へ避難したのではないでしょうか。

その避難した先が、プール横の鉄筋なしのブロック塀の近く。まさか壊れるとは思いもしないブロック塀が壊れて三宅璃奈さんを下敷きにしてしまった・・

「さっきまでいっしょに登校していた女の子が・・」

子どもたちが叫び、通りがかったトラックの運転手もジャッキを使って懸命の救出作業。

崩れたブロック塀を動かすことは簡単ではありませんでした。

本当に痛ましい事故。「ブロック塀さえ・・」、「時間が少しずれていれば・・」

三宅璃奈さんの命を救えたのではないかと残念でなりません・・

三宅璃奈さんの両親には辛すぎる

いつもなら、三宅家から学校まで、この4月に小学1年生になったばかりの弟と小学校の通っていた三宅璃奈さん。

6月はあいさつ当番として、朝小学校に登校してくる子どもたちに校門前であいさつをするために、1人で登校していました。

地震があと少しだけ、遅くまたは早く起きてくれていれば・・

仕方のないことですが、そう何度も思わざるを得ません。

地震発生時、「女の子がくずれた壁の下に・・・」と叫びながら走ってきてあわててむかった警備員たちでしたが、ブロック塀を持ち上げることができませんでした。

先生たちや消防団員らが集まり、みんなの力でようやく三宅璃奈さんを救出したときには、ぐったりしていた・・・

活発で明るく、児童を代表して朝のあいさつ運動をしていた小学校のリーダー的な存在だったそうです。弟にとっても、誇らしく頼もしいお姉ちゃんだったはず。

礼儀正しくあいさつができる。評判だった三宅璃奈さん。ほんとに一瞬だけでもタイミングがずれていれば・・

両親にとって、自慢の娘だった三宅璃奈さんを突然の悲劇で失った悲しみは言葉にならない・・